2011年6月、鳴り物入りで始動したファイザーエスタブリッシュ医薬品事業部門。
それから8年が経過した2019年7月29日、ついにファイザー本社はエスタブリッシュ医薬品(特許が切れたブランド品)や後発品事業を本体から切り離し、後発品大手のマイランと統合させることを発表しました。
2011年当時、ファイザー日本法人のMR数は約3000名。その内の33%、約1000名がエスタブリッシュ医薬品部門に異動となり、業務を開始したのでした。
当時業界では、「姥捨て山」と揶揄されていましたが、本社はそれを否定。「価値ある医薬品をこれからも患者さんに届け続ける新しい発想である」としていました。
しかし案の定、M&Aが成長エンジンであったファイザーが今回ついにDivestを決断しました。早速内容を見てみましょう。
統合方法は、リバース・モリス・トラスト方式
今回の統合は、リバース・モリス・トラスト方式で行われると発表がありました。
これは、一旦ファイザーのアップジョン部門を「スピンオフ」或いは「スプリットオフ」で分離(共に会社の部門切り離しの手段。スピンオフの場合、切り離した後も親会社と子会社は資本関係が続く)
その後、分離した子会社とマイランを合併させるという仕組みです。
これが実現すれば、ファイザーの株主にも、ファイザー自体にも課税はされません。
THE WALL STREET JOURNALによると、この取引でファイザーは、新たに発行予定の社債120億ドルの収入を得ると報道しています。
エスタブリッシュ医薬品事業のビジネス的矛盾
エスタブリッシュ医薬品事業は多くの矛盾を抱えたモデルでした。
しかし、多くの人員を抱え(そもそもShare of viceという概念で大幅にMR数を増やす施策はファイザーの仕掛けでしたが)、特許切れの製品が後発品に侵食される中で、苦肉の策で繰り出された施策がエスタブリッシュ医薬品事業(本社主導か日本主導かは定かではありません)であったと言われています。
以下詳しく解説します。
ポイント=古い製品にMRの説明は必要ない
2011年当時は、それまでと比較して制約が増えていたとはいえ、まだMRの活躍の場が確保されていた時代です。
病院に行けば、領域ごとに配置されたファイザーをはじめ外資や大手メーカーのMRが所狭しと医師を廊下で待つ姿が懐かしく思えます。
当時、医師間の情報共有もままならないので、若い医師への古い製品の説明にも意味があるとの意見もありました。
しかし、今は多くの病院で訪問規制が敷かれ、医師を廊下で待つことさえも禁止する医療機関が増えています。
多くの医薬品の情報はネットで知ることができ、また各病院のDI室(Drug Information)からも情報提供がなされています。
そうです、今では抗がん剤や特殊な製品、発売したばかりの新薬以外、MRの説明(ほとんどは説明ではなく宣伝)は必要とされなくなってしまったのです。
ましてや使い方が確立された長期収載品にマンパワーをかけること自体が、医療費の観点からナンセンスと言われていました。
ポイント=もともと成長モデルではない
エスタブリッシュ医薬品事業とは、「特許が切れたが、今後も長く使われる標準的治療薬」と定義されています。
しかし、海外はもとより、日本でも特許切れ医薬品の後発品への置き換わりは急激に進んでいます。
置かれた環境が変わり、MRが宣伝して増える(維持する)売上よりも、後発品にとって代わられて減少する売上の方が大きいのです。(環境が変わる前から大した差はなかったと思いますが)
つまり、特許切れの医薬品を次から次にファイザー新薬部門から仕入れない限り、しりすぼみになるのが必然のビジネスモデルでした。
ポイント=エスタブリッシュ医薬品だけでは成り立たず、後発品も扱う羽目に
元々ビジネスモデルが破綻しているわけですからビジネスがうまくいくはずはありません。
同じような部門を設立したメーカーも散見されましたが、事業がしりすぼみになったことは同じです。
必然的に、それらエスタブリッシュ部門は後発品を扱うことになります。
新薬は他の部門が扱うのですし、毎年多くの製品の特許が切れるわけでもない。特許が切れても「美味しい製品」はすぐには払い下げにならない。
仕方がないので後発品を扱って、余った戦力(MRの費用は固定費です)を有効活用する以外になかった。
しかし、後発品ビジネスにしても簡単ではありません。生産拠点を持たず、どこかから後発品を仕入れて売るようなモデルでは、ふた昔前ならいざ知らず、今の時代では成り立ちません。
ビジネスが回らないファイザー日本法人はマイランと手を組み、責任者を交代させ、製品の確保に走りました。
また、グローバル本社は将来を見据え、注射用後発品世界No.1で、且つバイオシミラーの生産能力をもつホスピーラの買収を実現しました。
事業としてバイオシミラーを獲得したかったのか、それともそれらを獲得してエスタブリッシュ部門の価値を上げて売り抜くつもりだったのか。
いずれにせよ、今回のマイランとの統合の布石であったように思われます。
ファイザーは152億ドルでホスピーラを買収して、今回のディールで120億ドルを得ることになります。
計算はあいませんが、ホスピーラを買収していなければ、今回の案件も実現しなかったかもしれない。
念願の長期収載品ビジネスの切り離し。
そう考えれば、さすがファイザー。マネーゲームがお得意な企業としての面目躍如といったところでしょうか。
新薬メーカーにとって後発品事業は重荷でしかない
ところで、新薬も後発品も同じ医薬品ではないか?と思われる方もいるかもしれません。
しかし、似ているようで全く異なるのが、新薬と後発品です。
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利益率が全く違う
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必要とされる情報の量が全く違う
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後発品は価格競争が基本、差別化はおまけでしかない
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少品種高利販売の新薬と多品種多量低利販売の後発品
これらの違いから、経営陣はもとよりマーケティングや営業部門、サプライチェーンや卸担当まで、仕事に対するマインドセットが全く異なるのです。
同一人物が両方を手掛けるのは至難の業。
それを解決するために事業部門制にするのですが、低利益率と価格競争で取った取られたが常態の後発品事業は、新薬事業の経営指標を時として毀損します。
つまり、後発品事業を有する事で、同業他社の新薬専業メーカーとの比較で利益率やROIなどが見劣りして、株価の低迷の危惧が強まるのです。
ファーザーのアップジョン部門とマイランの事業統合
ファイザーは後発品事業を切り離し、マイランと統合させ新会社を設立します。新上場会社の設立です。(実際はマイランが大きくなるだけですが)
ただし後発部門である、いわゆるアップジョン部門を切り離すと言ってもリージョンごとに違う事情があるものと推察します。
Pfizerの今後の予測としては
- エスタブリッシュ医薬品として既にアップジョン部門にある製品は、そのまま持って行かせる。
- アップジョン部門の人員は基本全て新会社に転籍。
- 後発品ビジネスは全て新会社に移行。但しバイオシミラーは、不明。
は手放さない。 - 後発品ビジネスに携わっていた人員も新会社に移行。
- 新会社の人員については、ファイザー側とマイラン側で重複があるでしょうから、早期退職制度が発令される、と考えられます。
- ファイザー自体もなんらかのリストラを断行する、と予測します。
(上記は全て筆者の予測であり、関係筋からの情報を基にしたものではありません)
まとめ
ファイザーの長期収載品並びに後発品ビジネスが終焉を迎えます。
しかしながら、本案件にも未だ不安は付きまといます。
例えば、マイランはバイオシミラーを持っています。そしてもしファイザーがバイオシミラー事業を手放さないのなら、切り離した会社と競合する事になります。
バイオシミラー事業がほしくてホスピーラを買収したのか、マネーゲームの好手として買収したのか、今回明らかになるでしょう。
ただし、バイオシミラーといえども後発品に変わりはありません。
新薬に集中するのいう戦略なら、潔く手放すということになるのではないでしょうか?
これまで売り上げ至上主義といっても不思議ではないくらい業界上位の位置を意識していたファイザーが、今回の事業部門の切り離しで、一気に多くの売り上げを失い、順位が後退します。
利益率は良くなりますが、従業員マインドは大丈夫なのでしょうか?
それとも、一旦身軽になってまた買収を仕掛けるのかもしれません。
一方、切り離される新会社は世界で一番大きい後発品企業となります。規模の経済が働く事業ですから、経営の手腕次第では将来が楽しみな案件ではあります。
しかし、現在全世界的に後発品ビジネスには逆風が吹いています。いくら患者さんの為に良品を情報とともに供給するのだと言っても、市場が求めているのは「あるレベルの品質を確保した、安い医薬品」です。
後発品ビジネスはどこまで行っても薄利多売なのです。
そして、現在世界最大の後発メーカーであるTEVAやそれに続くSANDOZも強い価格圧力に苦しんでいます。
医薬品は患者さんの健康のために存在する。
つまり、より良い製品を提供できる企業だけが生き残れる世界です。
新生ファイザー、新後発品会社、今後の動向に注視していきましょう。